寺井尚子さんのコンサート

先日、ジャズヴァイオリニスト・寺井尚子*1さんのコンサートに行った。
 
 
私が寺井尚子さんを知ったのは去年の11月、ある雨の日。
携帯電話の機種変更でもしようかなと思って立ち寄った電器店で、ふと見るとプラズマテレビの大画面にヴァイオリンを猛然と弾きまくる若い女性が映っていた。
どうやら野外のジャズライブの中継らしい。
なんてパワフルな演奏だろうと思わず見入る。
演奏が終わり、聴衆から大歓声が湧き起こると、そのヴァイオリニストは満面の笑みで応えた。
ミュージシャンというより、まるで決勝ゴールを決めたサッカー選手のようなさわやかな表情が印象に残った。
 
……で、そのとき以来ずっと生で聴きたいと願いつづけてきた寺井尚子さんのヴァイオリンを、ようやく聴くことができた。
開演前からわくわくしっ放しである。なにしろこのコンサートのために今日は仕事を午後から休んだほどだ。午後いつもどおり仕事してからでも間に合いそうなぐらい近場のコンサートであるにもかかわらず。
 
19時を5分ほどまわったところで、舞台のライトが灯って寺井尚子さんが颯爽と姿をあらわした。
思った以上に小柄で華奢な方だ。コンサートのポスターの写真がなんとなく演歌歌手の八代亜紀さんに似てたので(そう思ったのは私だけ?)、162cm*2ぐらいあるのかなと勝手に思い込んでいたのだが、150cm台前半ぐらいかな。もっとも、ヴァイオリンを弾くひとは概して小柄な方が多い*3
舞台中央に立ち、明るい笑顔でお辞儀する寺井尚子さん。
今回の会場は片田舎の地味なコンサートホールで、しかも客席も満席ではなかったので、盛り上がるかどうかちょっと不安だったが、まずはこの笑顔で救われた。
 
ショスタコービッチの重厚な『ジャズ・ワルツ』から始まって、火花が散りそうなほど速い『リベルタンゴ』、哀愁たっぷりの『テネシーワルツ』、シャンソンの名曲『枯葉』、ビゼーの妖艶な『カルメン』、ピアニスト北島直樹さんの新曲(舞台にかけられる今日に至ってもまだタイトルが無いというから驚きだ)など、次から次へと音の洪水が目まぐるしく押し寄せてくる。
そして寺井尚子さんのヴァイオリンのうまいことうまいこと、弓は常に弦に吸い付くように動きながら端から端までフルに使われているし、左手の指は力強くかつ正確に指版を叩いている。
全く、よくあんなに歩き回って踊ってくねって笑って弾けるものだと感心のしどおしである。これは小手先の技術や知識の詰め込みではどうにもならない、天性の才能だけが成し得る世界だ。うんうん、サッカーの申し子がキャプテン翼なら、ジャズバイオリンの申し子は寺井尚子さんで決まり。
 
今までいろいろなヴァイオリニストの演奏を聴き、そのたび、
「僕もあれぐらい上手に弾けたらいいのにな・・・」
と思っていたのだが、今日は、
「僕はあのヴァイオリンになりたい! 鳴りたい!」
などと考えてしまった。こんなことは初めてだ。
 
私が座っているのはステージにごく近い4列目左寄りの席なので、熱気がじかに伝わってくる。下げ弓のフォルテッシモで松脂がぱっと白煙のように飛び散る様子や、のりにのって踊る寺井尚子さんの表情、ステップを踏むつま先の動き、北島直樹さんのあざやかなピアノさばき、姿勢正しくドラムを叩きながら迫力満点のサウンドと無数のスティックの残像を生み出す中沢剛さんなど、聴きごたえも見ごたえも十分だった。
  
寺井尚子さんは演奏の合間のトークも上手だ。声の調子がまるでアナウンサーみたいにしっかりしているし、うまく間を取りながら話すので、聞きやすい。
……ただし、
「さて今年も残りわずかとなって参りましたが、」
というセリフには思わずズッこけてしまいそうになった。
まだ9月ですぜ、セニョリータ。
 
それにしても生演奏はやはり良い。演奏者同士がアイコンタクトでタイミングを合わせたり、「さあ、あんたのソロだ、がんばれ!」と目で激励したりする様子が楽しめるからである。今ここで音楽が生み出されているのだということを実感して胸が熱くなる。とくにジャズの生演奏は面白い。
 
そんなこんなで2時間があっという間に過ぎ、盛大な拍手のなかアンコールが2曲演奏されて、おひらきとなった。
最後まで寺井尚子さんたちは熱かった。『マイウェイ』をあんなに熱く弾くひとを私は他に知らない。アレンジそのものは特に熱いわけではないのに、演奏がとにかく熱いのである。
 
大満足で帰途につく。今まで私が聴いたジャズライブのなかで一番良かった。これは間違いおまへん。
 
 
まだ夕飯を食べてなかったのでお惣菜を買うべくスーパーに立ち寄ったのだが、今日の私は異様にハイテンションになっているらしく、店内に流れるありふれたBGM(多分ビートルズ)を聴いたら勝手にかかとが踊りだした。
 
 

*1:公式サイト:http://www.t-naoko.com/index.html インタビュー記事:http://www.yamaha.co.jp/product/strings/st_p/terai.html、 http://www.nishinippon.co.jp/banaten/get/040225/040225.html

*2:八代亜紀さん公式サイト http://www.mirion.co.jp/index.html のプロフィールより

*3:原因を推定するに、おそらく大柄な人はアマチュアオーケストラで合奏するうちにビオラに転向する(もしくは転向させられる)ことが多いからであろう